三人に増えた事務所、いつ・どこへ移ればいい?
山内 祐人
移転を考え始めると、まず物件を見たくなりますよね。その前に開く契約書と、届け出の順番を書きました。
目次
お客様
人が増えて、今の事務所が手狭なんです。移るなら、何から始めればいいですか。
事務所の移転を考え始めた方から、こうしたお話を伺うことがあります。
この記事では、デザインの会社を営む小林さん(仮のお名前です)の例で、事務所をいつ・どこへ移すかを決める順番をたどります。小林さんは4年前に一人で会社を立ち上げ、駅から少し歩く雑居ビルの3階に、10坪ほどの事務所を借りました。
その後、3年目に一人、4年目にもう一人の仲間が加わります。机を3つ並べると打ち合わせのテーブルは壁際に追いやられ、お客さまが来る日は誰かが外のカフェで作業をするようになりました。移転を決めてから落ち着くまでの半年を、順に見ていきます。
※この記事に出てくる人物と会社は、事務所の移転の流れを伝えるための例え話です。実在の人物や会社とは関係ありません。
移転を決めたら、最初に何を見ればいいの?
担当・山内
物件を探す前に、今の契約書の解約の条文を開きます。
契約書が先なのは、いつ出られるのかが分からないと、次の物件をいつから借りればよいかも決められないからです。そのため、移転を決めた翌朝に小林さんが最初に開いたのも、物件の検索サイトではなく今の事務所の契約書でした。
小林さんが探したのは、途中で解約できるかどうかを定めた条文でした。というのも、民法には、期間を決めた賃貸借でも途中で解約する権利を残しておいた場合の決まりがあります。そうした取り決めがなければ、期間の途中で解約を申し入れる根拠が見当たらない、ということになりかねません。
小林さんの契約は期間が3年で、今は2回目の期間の途中です。幸い、小林さんの契約書には中途解約の条文がありました。借主は、6か月前までに書面で予告すれば解約できる、という内容です。住まいの契約に慣れていた小林さんは、この長さに驚きました。
お客様
解約は6か月前までに書面で予告、とありました。思っていたより長くて。
担当・山内
驚きますよね。事務所の契約では、予告の期間は契約書の定めしだいなんです。
お客様
そういうものなんですね。次の物件は、いつから借りればいいですか?
担当・山内
出る日から逆算します。まず、内装の工事にかかる期間を出してみてください。
あわせて、予告の方法が書面に限られているかどうかも確かめておきます。自分の契約書の数字を確かめるのが、移転の第一歩でした。
新しい物件は、いつから借りればいいの?
担当・山内
今の事務所を出る日から逆算して、家賃が重なる期間を工事の分だけにします。
6か月前の予告が必要なら、今日予告しても、今の事務所の家賃は半年間かかります。そこで小林さんは、新しい事務所の家賃が始まる日を、その半年の終わりにできるだけ近づけたいと考えました。
ただし、机やネットワークの配線を入れる内装の工事には、契約してから期間がかかります。その間は、新旧両方の家賃を払うことになります。小林さんは工事の見込みを1か月とし、今の事務所を出る1か月前に新しい事務所の契約を始める計画を立てました。
借りる時期の目安が立ったところで、物件探しに移ります。条件として伝えたのは、3人で使う今の働き方と、2年後にあと2人増える見込みです。会議室を一つ置ける広さで、駅からの距離は今と同じくらいに絞ると、内見する物件は5件ほどになりました。
申し込みを決めた物件では、賃料が発生する日を、内装の工事が終わる時期に合わせられないか相談しました。答えは物件しだいです。小林さんは、相談の結果を契約書の条文で確かめてから署名しました。
今の事務所は、どこまで元に戻して出るの?
担当・山内
事務所では、通常の傷みも含めて入居時の状態に戻す特約が入っていることがあります。
民法では、原状回復の対象から、通常の使い方で生じた傷みや経年の変化は除かれています。住まいの場合は、国土交通省の原状回復ガイドラインが、この考え方を詳しく説明しています。ただ、このガイドラインは住まいの賃貸借を対象にしたものです。
そのガイドラインの中でも、オフィスビルの賃貸借をめぐる裁判の例が紹介されています。借りた側に、通常の使用による汚れまで取り除いて返す義務があるとされた例です。このため事務所では、戻す範囲を契約書の条文で確かめることになります。
新しい物件が決まると、小林さんも退去の準備に入りました。気になっていたのは、4年間使った床に付いた椅子のキャスターの跡です。契約書を読み直すと、床と壁を入居したときの状態に戻すという条文がありました。
お客様
床のキャスターの跡が気になって…。これも直して出るんですか?
担当・山内
4年使えば、跡は付きますよね。戻す範囲は、契約書の条文しだいです。
お客様
床と壁を戻す条文がありました。次は何をすればいいですか?
担当・山内
管理会社に、工事の範囲と業者の決まりを聞いてみましょう。
そこで小林さんは管理会社に、退去の工事の範囲と業者の決まりを確かめました。ビルによっては、工事の業者が指定されていることもあります。見積もりは、退去の3か月前には出してもらうようお願いしました。工事の範囲で意見が分かれたときに、話し合う時間を残しておきたかったからです。
移ったあと、どんな届け出が要るの?
担当・山内
本店移転の登記と、税務署・社会保険・労働保険の届け出に、それぞれ期限があります。
まずは登記です。会社法では、本店の所在地が変わったら、2週間以内に本店移転の登記をします。小林さんの会社は登記所の管轄の外に移ったので、旧と新の両方の所在地あての申請が必要でした。法務局の案内では、両方の申請を同時に、移る前の所在地の登記所に出します。登録免許税は、株式会社の場合、それぞれ3万円です。
次に税金です。国税庁の案内では、納税地が変わった法人は異動の後すみやかに、移る前の納税地の税務署に届け出ます。都道府県や市区町村の税の窓口にも、住所の変更を知らせます。
社員がいる会社は、社会保険と労働保険の手続きも要ります。日本年金機構の案内では、事業所の所在地を変えたときの届け出は、事実が起きてから5日以内です。労働保険と雇用保険の住所の変更は、変わった日の翌日から10日以内に届け出ます。
東京労働局の案内では、ハローワークの管轄を越えて移った場合は、新しい所在地の労働基準監督署で先に手続きをします。労働保険の番号が変わるため、その後でハローワークへ届け出る順番です。小林さんは、社会保険労務士に相談しながら、期限の早いものから片づけていきました。
役所への届け出とは別に、仕事のまわりの住所の切り替えもあります。こちらは期限こそありませんが、漏れると取引先に迷惑がかかります。
そこで名刺やホームページ、請求書や見積書のひな形など、会社の住所が載っているものを3人で一覧に書き出しました。取引先には、移転の1か月前に新しい住所と移転の日を知らせます。銀行やリース会社、ソフトウェアの契約先にも、住所の変更を届け出ます。
インターネット回線と電気の契約も、新しい事務所に合わせて手配しました。回線は工事の日を事前に調整して決めるので、引っ越しの当日に使えるとは限りません。そのため小林さんは、内装の工事の予定と合わせて早めに申し込んでおきました。
移転の段取りは、結局どこで決まるの?
担当・山内
今の契約書の、解約予告の期間でほとんど決まっていました。
すべての届け出が終わったのは、移転を決めた日からちょうど半年後でした。6か月という期間を知った日から、物件探しの時期も内装の工事も退去の準備も、すべてが逆算で並んでいったのです。新しい事務所には会議室があり、お客さまが来る日も、誰かが外に出る必要はなくなりました。
次の物件より先に、今の契約書を。
小林さんは、新しい事務所の契約書を読み返し、中途解約の条文に付箋を貼りました。また人が増えて手狭になる日が来たら、最初に開くのはここだと分かっているからです。
事務所の移転を考え始めたら、物件を探す前に、今の契約書の解約の条文を開いてみてください。移転の半年は、そこから始まります。
よくある質問
解約の予告は、何か月前にすればいいですか?
契約書の定めしだいです。書面で予告する決まりかどうかも、確かめてください。
本店を移したら、登記はいつまでにしますか?
会社法では、本店の所在地が変わってから2週間以内です。
原状回復のガイドラインは、事務所にも使えますか?
住まいの賃貸借が対象です。事務所では、通常の傷みも含めて戻す特約が入っていることがあります。



